笑いの手法を分類する 『必笑小咄のテクニック』米原万里

職場の仕事がかなり忙しくなって周りの同僚にも余裕が無くなってきたときなどに、気を紛らわせる為に誰かがふと言う冗談は、クオリティの高いものが多いと最近気づきました。しかも、状況が厳しければ厳しいほど良い冗談が生まれているような気がします。

 

『必笑小咄のテクニック』の著者の米原万里(よねはら まり)氏は、芸人でも落語家でもなく、ロシア語通訳とエッセイストをされていた方です(2006年に亡くなられています)。

必笑小咄のテクニック (集英社新書)

必笑小咄のテクニック (集英社新書)

 

 なぜロシア語通訳の方が小咄(ジョーク)の本を書かれるのか?ジョークと言えばアメリカンジョークが有名ですが、実はロシアもジョーク大国なのです。

 

アメリカンジョークが個人の失敗談を笑い、民族性ジョークが民族についての偏見を笑うのに対し、ロシアをはじめとする社会主義国ジョークは自分たちの生きる環境の不自由さや貧しさをネタにしているものが多いです。
スターリン政権下の社会が言論の自由が無くいつ逮捕されるか恐ろしかったり、国産の製品の質がアメリカと比べると著しく悪い、などといった悲惨な状況が笑いの肝になっています。


例えば、本書でも紹介されていますが、ソ連製のマッチは火の付きが悪いことを取り上げて、以下のジョークが作られています。
「モスクワ郊外のマッチ工場が火災でほぼ全焼した。唯一燃えなかったものがある。その工場の製造するマッチだった。」
冒頭の話にもつながりますが、真正面から向きあったら精神がもたないような状況でも生き抜くための人間の知恵がジョークなのではないでしょうか。

 

さて、私もいくつかジョーク集を持っているのですが、その分類のされ方は「ギャンブルジョーク」「男と女のジョーク」「日本人ジョーク」「中国人ジョーク」など、テーマで分類されているものがほとんどです。その点本書で行われている米原氏の分類は、テーマではなくテクニックに視点が置かれています。あとがきにもありますが、方法論で分類したジョーク集が無い、じゃあ自分で書いてみよう、というのが本書執筆の動機だったとのことです。

 

ジョーク大国ロシアの文化にどっぷり浸かり、自分でもジョークを作ってみたいと思った著者は、既存のジョークを収集・分析し、どのような条件で笑いは生まれるのか、笑いどころの作り方にはどんなパターンがあるのかを研究されています。
例えば、各章のタイトルをいくつかピックアップしてみると、

第三章…動物と子供には勝てない
第五章…木を見せてから森を見せる
第七章…誇張と矮小化
第十一章…権威は笑いの放牧場

などがあり、どれも明快な分析が行われており、日頃から私達が面白いと思った日常の会話やテレビのトークなどで、どの要素が面白さを生み出しているのかを「ああなるほど」と再認識させてくれます。また、それだけではジョークにならないちょっとした出来事を本書のテクニックで味付けして1つの作品として成立させる方法も解説されています。

 

実際私も日常生活で笑える出来事があったとき、これは「矮小化」の面白さかな、とたまに考えたりするようになりました。まだ傑作ジョークを自作するまでには至っていませんが…(笑)
※ちなみに上に挙げたマッチのジョークは、「誇張」のテクニックの例です。